ソーシャル・キャピタルと経済

新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
少し硬い話になりますが、私の「思い」でもあり、年初につき下記お付き合いください。

私は現在住んいる横浜市都筑区に所在する東京都市大学の情報環境学部が主催する社会人講座で数年前に講義をする機会を得ました。その関係で、「ソーシャル・キャピタルのフロンティア」勁草書房出版の共著者から同著書を更に拡大出版することになったので、実務家の観点から「ソーシャル・キャピタルと経済」の一部について執筆の依頼を頂きました。10名弱の共同執筆者が「ソーシャル・キャピタルと経済」を分担執筆しましたが、途中で執筆者のお一人が急逝されたりし、諸般の事情で未だ出版されていません。
学者先生の論文と異なり実務家の議論や意見は発表のタイミングや時代背景も重要と考えます。我が国の「大きな市民社会」(Big Society)の育成のために参考になると思い、発刊前ですが、著者の責任と今後の調査予定も踏まえ、寄稿論文の一部(第三章 「英国の新しい公共」第三節 大きな社会基金 から第六節 「社会的インパクト債券」につき下記に紹介します。

(3)大きな社会基金(The Big Society Capital) について
筆者はロンドン・オリンピックが開催された、2012年夏、英国に約一か月滞在し、英国の市民セクター(NPOやチャリティー)について勉強する機会を得た。丁度、日本でNPOサービス・グラントの特別顧問に就任し、欧米諸国での市民活動の在り方に興味を持っていたのがきっかけとなった。勿論三度のロンドン勤務で通算18年間英国に駐在したことから、サッチャー政権下の80年代中頃,ロンドン近郊の街で暴動が多発し、その頃から英国では企業は、学校、病院、教会などと同様、市民社会の一員としての自覚が芽生え、多くの企業がBITC(Business in the community )に加入し、社会貢献活動に積極的になっていたことを肌で感じていた。BITC加入企業は現時点で850社、17.8百万人の社員が何らかの社会貢献活動に従事している。BITCへの往訪を含め、NPOの中間支援組織であるCan Mezzanine、オックスフォード大学の社会起業家教育施設であるスコール・センター等を訪ね、英国ボランタリー・セクターの基礎的認識を深めた。
再度、翌2013年春にアショカ・サポート・ネットワーク(ASN)のロンドン国際会議に参加するため英国出張し、新設の大きな社会基金・本社の社長室(Company Secretary )を訪ねた。シティーに事務所を構える真新しい組織で、投融資実績もまだまだ限られてはいるがこれまでの経緯と活動について簡単に触れておきたい。
大きな社会基金http://www.bigsocietycapital.com/about-us/(2/6/2014)設立の目的は政府や自治体による公共サービスに代替して、市民活動を重視し、資金面で支援することにより、市民社会の持続可能な活動を担保することにある。2000年にゴードン・ブラウン大蔵大臣の下でSocial Investment Task Force(社会的投資の研究会)が設立され、2005年にはロナルド・コーエン氏の下で銀行の休眠口座(15年間動きのない口座)の活用について政府から独立した調査委員会が設立された。2007年に独立調査員会は休眠口座の資金を公的部門(social sector)で利用することを勧告、2008年に休眠口座の活用に関する立法が成立、2010年には政府が社会的投資をするための仲介銀行設立を決定、2012年4月に大きな社会基金(The Big Society Capital)が設立された。
資本金は600百万ポンド(約1,020億円、内400百万ポンドは休眠口座資金、200百万ポンドは大手商業銀行4行、バークレー、HSBC、ロイズ、RBCが各50百万ポンドを出資)で、特徴としては、資金は全てNPOやチャリティー等のボランタリー・セクターに融資または投資される。融資に当たっては市場から同額のマッチング融資を条件に、また融資は中間支援団体を通じて実行される。貸出対象先を熟知しているセクター内の中間支援団体経由することで、審査を容易にすると同時に貸出金の不良化を極力避けるよう配慮している。
第二期の決算書(2013年12月末)を見ると調印済み48百万ポンド(約82億円,@170)(外部からのマッチング・ファンド55.5百万ポンド116%),コミット済みを含めると57件、149百万ポンド(約250億円)と、まだまだ体制整備に追われ、実体的な活動はこれからである。しかしながら、日本でも同時期、休眠口座の利用を検討していたことを考慮すると、英国政府の動きは周到で、着々と体制整備がなされている。また、2013年末の年次報告書では今後3年間で達成すべき目標として①中小規模のチャリティー組織へのファイナンス、②イノベーション、③コミュニティー・プログラムへの参加、④規模の拡大、⑤その他、貸出しを仲介する中間支援組織の拡大等を挙げている。今後同銀行のボランティア・セクター向け支援の在り方、今後の進展に注目して研究する価値があると同時に、我が国を含め財政難に喘ぐ各国でも真剣に取り組みを検討すべきである。
(4)「社会的企業」について
2006年6月, 英国政府は会社法の概念を拡大し、ビジネスの手法を活用して社会に貢献する企業、「社会的企業」(CIC、Community Interested Company)
https://www.gov.uk/government/organisations/office-of-the-regulator-of-community-interest-companies(2014.6.2)の法人格を新設した。CIC監督庁が所管し(前述HPを参照のこと)、CIC企業の認定を行う。申請に当たっては定款に社会貢献活動を明記させ、商業的活動で上げた利益を社会に還元することを確認している。配当や役員報酬は認められるが、一定の制限が課せられる。特段の税制上の恩典はない。現在、チャリティー、NPOは60,000件以上存在するが、2013年時点でCICの累計認可件数は3,572件となっている。
英国でCIC制度が出来るとほぼ同時期に韓国でも同様の法整備がなされ、「社会的企業」が活動を始めている。「社会的企業」は社会的課題を解決するという点では、政府や自治体と同じ目的を共有するが、官僚機構の非効率性に比し、民間ビジネスの手法を導入することにより民間部門の経営感覚で社会問題の解決に挑戦し、同時に企業として利益を上げることにも成功している。
具体的な事例として、HTC Group(Hackney Community Transport Group)
http://www.hctgroup.org/about_us(2014.6.2)のDai Powell OBE(CEO)を訪ね、会社経営の実態について聴取したので報告する。 同社は1982年Hackney地区にあった30の社会的弱者向け交通サービスのボランティア団体が合併して出来た。2001年に始めて、ロンドン交通局からロンドン・バスの運営委託契約を獲得(現在ロンドン赤バス全体の1%のシェアーを有する)、この事業収益を社会的弱者(障害者など)の送迎サービス事業にまわしている。同社の法人形態はチャリティー財団ながら、東西ヨークシャー等その他地域の同種サービスを合併、傘下にCIC企業を有する。
2013年3月期の売り上げ規模は37.6百万ポンド(約64億円)で、社員は800人、保有車両は500台、着実な成長を遂げている。2011年度末には、高齢者などの低料金バスの受益者は66,000人、障害者向けの個人交通サービス提供は230,000回、ジョブ・センターでの新規就業者数は76名と実績を上げている。
同社はロンドン・バスの運行については競争入札で受託契約を獲得しており、他の競争相手の私企業と全く同一の競争条理の中にある。CEOの説明によれば本人の報酬も含め、同社の社員は世間並みの給与を得ているが、CIC企業であるという事実に誇りを持ち、収益の一部が社会貢献活動に回されていることが社員に意識変革をもたらし、効率的な会社運営に繋がっているという。また、大きな社会基金からも資金支援を受ける予定で、効率的な運営からロンドン以外の地域でも拡大を続けている。一般民間企業のようにチャリティーやNPOが買収資金を大きな社会基金から融資を受ける日も近いとのことであった。
(5)市民社会を育てる社会的インフラとしての中間支援組織
大きな社会基金を論じた際、支援資金の仲介機関として中間支援組織の存在が重要であることに付言した。具体例として、チャリティーやNPOに事務所を提供し、各種の支援活動をするCan Mezzanineと、社会起業家、起業家を支援し育成するオックスフォード大学のスコール・センターを往訪したので合わせ報告する。
Can Mezzanine、 http://can-mezzanine.org.uk/(2014.6.2)は1998年に英国政府の支援を受けて設立されたチャリティー機関で、NPOやチャリティーに対して市場価格より安価な活動の場所(拠点・ハブ又はクラスターと呼ばれる)を提供し、多くのNPOの為の共同オフィスとなっている。また、同時に活動のためのノウハウや、営業・資金支援も行っている。英国には60,000件を超えるボランタリー企業が存在するが、新規設立の「社会的企業」も多く、ハブ(又はクラスター)の存在意義は大きい。これらのハブや、クラスターはロンドン市内に数カ所存在し、地方都市にも波及している。また、ヨーロッパ各地、アジアの主要都市にも広がりつつある。最近日本でも初めてハブ・東京が目黒区に設立された。http://hubtokyo.com/(2014.6.2)
オックスフォード大学のサイード・インスティチュート内に設立されたスコール・センターはイーベイの創業者スコール氏の資金支援で設立された。同研究所は起業家・社会起業家支援のための研究機関で、起業家、社会起業家の別なく、イノベーションをどのように活用し、起業するかに重点が置かれている。研究所内にEmerge Venture Lab.を持ち、事前にビジネス・モデル自体の試験に合格した若き起業家たちが学内・外の協力を得て、新規事業を立ち上げている。同大学では社会的起業の社会に与える非金銭的価値、社会的影響(Social Impact)等の計測手法などを研究し、社会的投資の判断基準となるべき学問的研究を行っている。これらの手法は「社会インパクト債券」(Social Impact Bond)に対する投資判断基準等にも応用されることになるであろう。
(6)「社会インパクト債券」について
2013年6月にロンドンで開催されたG8サミットにおいて、主催国である英国のキャメロン首相は「社会的投資市場」がグローバル化してきた事実に着目し、G8の主要テーマとして取り上げた。社会的課題を解決する目的で発行されたSocial Impact Bond(SIB 社会的インパクト債券)はこれまでインドなどの途上国の所得水準を改善する目的で一部の企業がBPOビジネスに関連して発行されてきた経緯がある。英国では2010年に初めて国内で開発され、2014年4月現在受刑者再犯防止、ホームレス社会復帰、児童養護等世界で20件以上の実績がある。
2012年にロンドン市と地方自治省が共同でSPV(特定目的会社)を設立、発行した期間4年の社債,2百万ポンド(約3.4億円)のケースでは元本保証はないが、事前に定義された事業の社会的成果に応じて、ロンドン市が元本とリターンを合わせ、最大5百万ポンド(8.5億円)の支払いを保証する。事業の対象となったホームレスの内、路上生活から定住し社会復帰を果たした割合により投資リターンが変動する仕組みになっている。2010年に発足したキャメロン連立内閣は4年間で810億ポンド(約14兆円)の予算削減を約束し、政府は財政健全化の途上にあり、財政圧迫から民間資金によるSIB発行に踏み切った。ロンドンにおけるホームレス対策の行政コストはホームレス一人当たり5年間3.7万ポンド(6.3百万円)で、11%程度のホームレスが社会復帰できれば投資効果が出ることが試算されている。英国では各種の社会課題に民間資金を投入する、インパクト投資(Impact Investment)の手法による社会変革(Social Innovation)に期待が持たれている。
同時に、インパクト投資の分野は米国やオーストラリアなどでも自治体が発行するほか、途上国の発展に向けたBOPビジネスでも取り上げられつつある。欧米ではインパクト投資に興味を持つ企業(英国シアソン・グループや仏国ダノン・グループ等)や個人の富裕層も増加してきている。日本でも2014年、ベネッセが15百万ドル(約15億円)のインパクト投資ファンドを組成したことが報じられている。前述の「大きな社会基金」制度に合わせ、財政が逼迫している我が国の自治体でも大いに検討の余地がある。

私は以上の論文に示した英国の事例は、これから我が国が超高齢化社会を乗り切るために最も参考とすべき重要な海外事例と考えています。医療保険や介護保険の現状を踏まえますと、一昨年厚労省が立法化した「地域包括ケア」の仕組みは保険者である自治体にとって、もはや後戻りできない重い地域社会の課題です。又、この超高齢社会への対応問題は我が国に限ったことではなく,アジア各国でも早晩大きな問題になることは明らかです。国家財政や地方財政の現状と、厚労省の立法趣旨から見られるように、これまでのような「公助」に依存する政策では「正解」が得られるものではありません。民間私企業が展開するシニア関連ビジネスや福祉関連ビジネスはもとより、地域社会に根ざした企業の有料サービスや、NPO等の市民活動が提供する「共助」サービス等の支援を得ながらこれら地域課題の解決に当たる必要があると考えます。

これらのNPO等の市民活動のあり方も、公的セクターのサービスを単に低価格で受託するのではなく、民間セクターの自由で効率的な発想を重視する、付加価値の高いサービス提供を目指すべきです。又、一般的に我が国のNPOは人材や資金不足で脆弱な経営基盤となっています。プロボノ手法の導入などにより、ボランティア・ベースの外部専門人材を取り込み、組織基盤強化や経営基盤強化を計る余地が大きいのです。最近海外ではこれら社会課題をビジネスの手法で解決しようとする社会的企業の動きや、社会的インパクト債券の発行等の事例も見られます。NPOやその他の市民セクターに資金が健全に循環する仕組みを構築することはそれ自体が単純ではありません。借入するにしても債券を発行するにしても、単純な経済的インパクトに加え、投資の社会的インパクトをどのように評価するかが決定的に重要です。

英国におけるこれらの社会変革を研究し、その実証実験の場をフォローアップ検証することが重要です。本年夏には改めて英国を往訪、その後のBig Society Capital の進展と市民社会への影響を調査してみたいと考えています。機会があれば別途報告させていただきたいと思います。同時に、我が国が具体的にこれらの諸策を早急に取り組む体制整備を進めることを期待したいと考えています。