「プラチナ・ギルドの会」飯舘村スタディーツアー報告

当会活動の一つであるスタディーツアーとして、今回は2016年5月14,15日の二日間、原発事故により全村避難を余儀なくされた福島県飯舘村に、会員11名で出かけてきました。

2013年4月にも出かけていますので、同所は2回目のスタディーツアーとなります。

受入れ先:認定NPO法人「ふくしま再生の会」の皆様            http://www.fukushima-saisei.jp/

今回の参加者:(総勢約70名)

  • プラチナ・ギルドの会 11名
  • SGRA(渥美財団の留学生10名)  http://www.aisf.or.jp/sgra/
  • 明治大学生、東北学院大生、地元の方々

今回訪問先MAP
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1)14日午後、「ふくしま再生の会」の活動拠点へ

菅野宗夫様宅(佐須地区)訪問。昼食を取りながら、現状を伺う。

「ふくしま再生の会」活動拠点
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「ふくしま再生の会」理事長 田尾様
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2)菅野啓一様宅へ

14日午後1時半過ぎ、飯舘村比曽地区菅野啓一様宅を訪問、この地域は飯舘村の中でも南方にあり帰還困難区域「長泥」に隣接し、飯舘村の中でも放射線量は高い地域。特にご自宅の北側にある、「居久根(いぐね)」(屋敷林)に大量の放射性物質が降り注いだ。多くの話の中で、その放射線の値を低減する悪戦苦闘の試みの数々と、国の定めた杓子定規な除染方との狭間に、やりきれなさが滲み出ていた。

菅野啓一様
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居久根(いぐね)の放射線解説
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3)霊山センターへ

14日夕方、宿泊先でもある飯舘村の北となり、伊達市の霊山センターへ向かう。夕食は総勢70名。SGRAの方々は、スウェーデン、イタリア、米国、カナダ、韓国等々国際色豊かな集まりで大懇親会となりました。

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4)15日 7時より朝食

和気あいあいと後片付け(Youtube動画  クリック)

5)大久保金一様宅へ

小宮地区に居住する大久保様は、2011年全村避難の際、一時仮設住宅に移動したが、お母様がとても仮設には住み続けられないと即戻り、その後ここで生活を続けているとのこと。森林の色、多様な花々、水の流れ、季節の変化を五感で感じるまさに桃源郷。ここに住み慣れたらとても仮設住宅には住めない。大久保様の夢はこの地を「マキバノハナゾノ」にするとのこと。現実の厳しさの中で、我々はその胸中をどこまで忖度できたのだろうか。

「美しい村」日本百選の飯舘の中でも特に美しい大久保金一様宅。この山の向こうは帰還困難区域の長泥地区

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6)フレコンパック(フレキシブルコンテナ)の山

現在山間に残された貴重な農地は、除染により生じた放射線廃棄物のフレコンパック160万パックにて埋め尽くされていた。しかも除染作業により肥沃な表土が削られ、新たに山砂を敷き詰め、仮置き場あるいは仮仮置き場とされている。避難解除しても行き先がないフレコンパックはそのまま残る。たとえフレコンパックが移動されたとしても山砂で平坦化された農地は肥沃な土地ではなくそのままでは使えない。飯舘村は長泥地区を除き来年3月には避難解除になるとのこと。

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今回も(前回もそうでしたが)、何が悲劇かというと、官と民の大きな乖離ではないでしょうか。除染一つとっても、決められてやり方で除染作業を行いそれで終り。しかもその除染作業は、放射線量をいくつの値まで下げるということと結びつかない。このような現状を見聞きしてくると、自分には何ができるのだろうと忸怩たる思いで帰途につく。そのような中で、何とか解を見つけ出そうとする「ふくしま再生の会」の努力に支援を続けたい。

文責:宮田